新学期

新学期になった。

Daiは保育園で一つ学年が上がり、「年少さん」と呼ばれるようになった。

Daiの保育園では、幼稚園に合わせて、年少、年中、年長、という呼び方があって、年少以下(0歳児、1歳児、2歳児)のクラスは、まとめて「未満児」と呼び名がある。

未満児さんから年少さんへの進級は、Daiなりにうれしいらしく、「Daiはもう年少さんだから、…」と言って、張り切っている。

年少さんになると、黄色いバックと青いスモック(昭和の事務服みたいな色合い)を着る。バックもスモックもあんまりかわいくないので、購入した時はテンションが下がっていたが、着せると「進級したなぁ」と感慨深いものがあり、ダサくてももうどうでもいいような気になっている。

それから、年少になると、毎日主食だけを詰めたお弁当を持っていく。未満児クラスまでは完全給食だったのに、年少以上は主食持参なのである。ここらの認可保育園はどこでもそうなのある。働く母が預ける保育園なのに、毎日お弁当なんて…しんじられん。衛生上、毎朝炊きたてのご飯を持たせてくださいと言われている。

うち、朝パン派なんですけど…。

毎日の弁当箱洗いは面倒だが、洗濯物は減った。これまで、タオル4枚(おしぼり状、ご飯粒付き)、食事用エプロンの洗濯物が必ず毎日あったのだが、年少になると、乾いたタオル1枚に減り、エプロンもなし。かなり楽になった。

タオルや着替えなど毎日の持ち物も減り、朝の準備も帰りの支度も楽になった。

何より、張り切っているDaiを見るのが喜ばしい4月である。

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野川までサイクリング

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地震から1週間、沈みきった週末、天気がいいのに近所もなんとなく静かでみんな家の中にこもっているようだった。

我が家ではDaiが家の中でストレスを爆発させているので、家族でサイクリングに出かけることにした(Daiはもちろん補助席)。

多摩川を渡って狛江市へ。

ふらふらと走りながらいくつかの公園をめぐって停車、Daiとひとしきり遊び、最後は野川という川を目指して走った。「野川はいいよ」といろんな人から聞いていたので、前から行ってみたかったのだ。

野川緑地公園という川沿いの細長~い公園を自転車で走り、野川に行きついた。コンクリートで護岸されておらず昔ながらの感じなのがいい。浅いおだやかな川で、カモがいたり、子どもたちが遊んでいたりした。川岸にはオオイヌノフグリがたくさん咲いていて、もうすっかり春だった。

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浜松の祖父母の家の近くにある川を思い出すなぁ。

また来よう。

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雨の日の登園

これは少し前の写真。

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雨の日の登園は歩いて行く。(いつもは自転車。)

だから早めに起きて、早く家を出る。

この日は家族三人で登園したので、大はしゃぎのDaiであった。

雨の日は大変だけれど、家族そろって出掛けるのはなかなか楽しい。

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大地震のあと

地震のあった3月11日以前と以後で世の中が変わってしまったように感じた。

震災の被害の大きさは日を追うごとに大きくなり、明らかになっていくけれど、全容はいまだに分かっていない。被災した人たちのニュースを聞くたびに胸が塞がる思いがする。

地震・津波の被害に加えて、原発の問題も出てきた。原発の被害は地震から2週間以上たった今も現在進行中。原発の近くに住んでいた人たちが何もかも置いて自分の町を追われるという事態には胸が締め付けられる。こんな危険なリスクを抱えながら、私たちはこれまで潤沢に電力を使ってきたんだと改めて思い知らされる。

私や夫の仕事は、自転車通勤の日があったり、在宅勤務になったりしたが、幸い保育園は子どもたちをあずかってくれて、だいたいいつも通りの生活ができている。余震や計画停電の影響もある中、ありがたいことだ。

私たちもできるだけいつものことをいつも通り続けていくことで、日本の経済活動を支えていきたいと思う。

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大地震のあった日

3月11日14時46分、大地震が起こったそのとき、杉並区の職場のデスクに座ってパソコンに向かっていた。

揺れが大きくて、しばらくみんなで顔を見合わせていたが、長くてなかなか収まらなかった。目の前の壁の本棚が倒れそう。壁を背にして座っていた人に「危ないからこっちに来た方がいい!」と呼びかけた。まだ収まらない。ぐらんぐらん揺れてる。これは危ないかも!誰かが「皆さん、外に避難してください!」と大きな声で叫んだ。それを聞いて、わらわらとフロアのみんなが玄関に向かって走り出した。

外の道路に出ると、電信柱が揺れていた。会社の人たちとしばらく外にいた。地震は収まったようだけど、みんな怖くてなかなか建物に戻れなかった。そのうち、周りが携帯で家族に連絡をとりだしたが、繋がらない。ワンセグでテレビを見ていた人から、震源が東北だったことを知った。東北が震源で東京がこんなに揺れるの?と驚いた。それから、会社のそばにある駅の放送が聞こえてきて、今のは震度5強の地震だったことを知った。電車は全線ストップしているという。

余震はしつこく続いていて、建物に戻ってもまた揺れて、また道路に出る、を繰り返した。

自分は不思議と怖くはなかった。それよりも、保育園にいるDaiのこと、遠く離れた実家の両親のことが気がかりだった。

退社する時間になっても電車は復旧する気配はなく、タクシーを掴まえようと大通りに出たが、まったく空車はなし。

もう一度会社に戻って、我が家までの最短ルートを教えてもらい、とりあえず歩くことにした。会社から自宅まで12キロ。歩けない距離ではない。とにかく保育園の迎えに行かなければならない。保育園に電話はつながらないが、どうやら非常事態だし、待っていてくれるだろう。

出発したのは17時、着いたのは19時45分。住宅街ではいつもと変わりなかった。小田急線沿いに出た時は、帰宅する人の波があり、コンビニは長い列だった。世田谷通りでは疲れが出てきたが、帰宅する人たちが静かに淡々と歩いていて、寂しくなかった。パニックになることもなく、悲壮感もなく、家まで歩くことができてよかった。

夫も歩いて帰宅、私よりも早く保育園に着き、Daiを無事ピックアップした。19時半ごろだったが子どもたちはまだ20人ほど残っていたという。都心で働いているお父さんお母さんはどうしたのだろう。(後に聞いたところ、護国寺から5時間、日本橋から8時間かけて歩いて戻ってきたお父さんがいた。)保育士の先生たち、こんな大変な状況の中、子どもたちを夜遅くまで守っていてくれたことに感謝、ただ感謝である。

Daiの話によると、地震があったのはおやつの時間だったという。みんなで机の下にかくれたんだよーと、興奮状態で話してくれた。Daiは夜遅くまで保育園にいた割には、なんだかハイではしゃいだ様子だった。

家の中では、棚の縁に置いてあったガラスの瓶が床に落ち割れていたのが唯一の被害で、あとは全く無事だった。花瓶が落ちて花と水が飛び散っていたが、花瓶は割れず。キャスター付きの大きくてモノがいっぱい載っているステンレスのラックが、ずいずいと床を移動していたのはちょっと驚いた。

電話がつながらないので、実家の様子は分からないが、たぶん大丈夫だろう。その晩のTVで、信じられない映像を見た。大津波が沿岸の町を襲い、車や家が流されているのをみて、言葉を失なった。

そして、翌日の報道で、とんでもない未曾有の大震災だったことを知るのだった。

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ロマンスカー

年末にはオムツが取れそうだったDai。おしっこはほぼ完ぺき、ウンチも自分からトイレでするようになったのだが、お正月でいきなり後退してしまった。ウンチどころかおしっこもかたくなにトイレ拒否、オムツを進んではくようになった。

冬休みになって、保育園に行かず、親がずっと家にいて、おじいちゃんおばあちゃんの家で遊び…、たっぷり甘えて調子が狂ってしまったからだろう。

オムツが取れそうだった年末、Daiに約束したことがある。

「ウンチがトイレでできるようになったら、ロマンスカーで箱根に行こう!」と。

できればロマンスカーの展望席にしてやりたい。温泉は私が行きたいんだけど。

1月になってすっかりオムツに戻ったDaiだが、一応(先月は)ウンチがトイレで出来たご褒美に、ロマンスカーを予約した。運よく行きも帰りも先頭車両の展望席を取ることができた!

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先頭の景色に親子ともども大興奮。

連れて行ってやってよかった。

箱根の強羅温泉に泊ってのんびりした。

家では、お風呂に入浴剤を入れてお風呂の底が見えなくなるような色がつくと嫌がるDai。宿では真っ白に濁った白濁のお湯だったにもかかわらず、「気持ちいいねぇ」と喜んでいた。部屋の窓から冬の枯れた色合いの大輪山が見えた。「なんかちょっとお山が汚いけど、きれいだねぇ。」だって。

旅行中は基本オムツで過ごしたのだが、大浴場でお風呂に入っている最中に「おしっこ!」と叫び、一人で風呂場を出て行ったのには焦った。私もあわてて、体を拭いて、とりあえず服を着て、脱衣場の前のトイレについていったのだが、そこでなんとDaiは「Daiは男だからこっちに入る!」と男性用のトイレに入ってしまう。

「ちょっと!!お母さん、そっちは入れないよ~!」

「大丈夫、Daiひとりでできる!」

と言って、一人で用を足して帰ってきた。

家だとぜんぜんトイレに行きたがらないDaiだが、こういう外だと他の人を意識して頑張る性格。

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凧あげ

あっという間に2月も後半になってしまった。今日はめずらしくDaiが熱を出して保育園をお休み。寝ている間にアップしようと思う。

1月の出来事を少しずつ載せることにする。

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お正月の写真。

多摩川の河原で凧揚げした。

この日はいい風が吹いていて…

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高く揚がった!!

Daiも凧を持たせてもらい大喜びだった。

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あけましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

冬休みは、栃木と埼玉にある双方の実家へ短い滞在をしたほかはどこへも出かけず、ずっと家にいた。

気晴らしに出かけようと、30日に家族三人で近所の公園へ行った。Daiは寒風吹きすさぶ中、ジャケットも着ずに暗くなるまで遊び続けた。

大人はヒートテック着こんでいたのにめちゃめちゃ寒かった。

それで、その夜から私は見事に風邪をひき、正月三が日は熱が出て散々だった。

10日余りたつ今も、咳と痰に悩まされている。

Daiも夫も風邪をひかずに元気にしていたのが幸いである。

正月の終わりには、近くにある多摩川の河原で凧あげをした。

その日は快晴でいい風が吹いていて、Daiにも空高く揚げることができた。Dai大喜びだった。

さて、今年の抱負は、家事も仕事も効率上げて、家族との時間に余裕を持つことである。ついでに勉強もしたい。

そのために、ダラダラと無駄に過ごしてしまう時間を減らしたいと思う。

無駄な時間NO1は、夕食後にテレビをつけてボーっとしてしてる、あの時間。

テレビが観たいというより、疲れて動けない、というのがあるのだが。

まずはテレビを消すことにした。

そして、Daiには早く寝ていただく。

ぼんやりする時間がないのは悲しいが、テレビに気を取られてDaiとちゃんと遊んでやっているわけでもない。

年が明けて仕事が始まってから、今のところ夕食後スムーズに風呂に入れて、20時にはお布団にいる。

そのかわり、寝かしつけの時間は充実(?!)している。1時間近く布団の中に一緒にいてお話したり、絵本にイロイロ付き合っている。Daiの作るお話は面白い。

そのうち一人で寝るようにもしてもらわないとな、と思いながらも、半分はこちらも楽しんでいる。

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うんちも成功

「自分からトイレでおしっこ」に成功した日曜日からずっと、突然おしっこをトイレでするようになった。しかも、おしっこの間隔が長く、11時から20時まで3回しか行かない日もあった。

夕飯を食べると少し間隔が短くなり、漏らすこともある。でも、自分から行くなんて、本当に見違えるような進歩だ。「おしっこ行く!」と言って、自らトイレのドアを開け、自分でトイレのふたをあけて、ズボンをおろして、便器にすわるなんて、今までを思うと夢のようである。

すっかり成長しちゃったんだなぁ・・・。

そしてついに、火曜日、ついにウンチも成功した。

「おしっこ!」と言って便器にすわっていたのだが、おしっこがあまり出ていない。それなのに「出た―!!」といつもより大げさに叫んでいる。

出てないのになぁと思って見ていると、

「ほら、見てぇ、出たぁ、細長いのが出たよ!」

なんて言う。よく見ると、立派なウンチが!!

今まで「絶対に(ウンチは)トイレでできない。」と言い張っていたDai。

生まれて初めて、トイレでウンチした。しかも、自分から進んで。

Daiはとっても誇らしそうだった。私は思わず目頭が熱くなった。

「すごいね、Dai。お母さんうれしい。」と言うも涙声になってしまった。

ウンチを前に親子で抱き合ってしまった。

写真撮って夫に見せようかと思ったが(笑)、やっぱりウンチだしやめよう…、と思いとどまった。

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トイレトレーニング、突然に劇的進歩

3歳を過ぎても、トイレトレーニングどころか、トイレに誘うと激しく抵抗するので、家では全くトイレにいかず、オムツに垂れ流し状態だったDai。

12月12日(日)、Daiのいとこ(4歳と0歳)の兄弟が我が家に遊びに来たその日、

Daiは、いとこのお兄ちゃんを意識してか、0歳の赤ちゃんに自分のお兄ちゃんぶりを見せつけたいのか、自らはりきって布のパンツをはいた。

そして、日中ずっと布のパンツで過ごし、「おしっこいくー!」と自分からトイレにいっておしっこ2回成功!いいぞDai!

突然の変化に驚いた。

このいとこの刺激(?)を皮切りに、Daiのトイレ成功はその後も続くのであった。

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